私たちの暮らしの中に、そっと入り込んできた1匹の猫「チャッピー」。
彼女は茶白(茶トラ白)の女の子で、野良猫として長く大変な日々を生き抜いてきた子でした。
出会いから現在に至るまで、触れることも難しい彼女との関係は、一般的な「飼い猫」とは少し違うかもしれません。
でも、チャッピーがいるだけで、私たちの生活は確実に変わったのです。
引っ越し先で見つけた猫たち

数年前、私たちは自然豊かな地域へ引っ越しました。
家から少し歩いた場所には畑が広がり森もある、静かで穏やかな場所です。
ある日近所を歩いていると、畑の脇や森の入り口付近で何匹かの猫たちを見かけました。
ご飯をあげている方がいたので声をかけてみると、「このあたりの猫たちは、地域猫としてお世話しているんですよ」とのこと。
この地域では、地域猫活動に理解のある人々がごはんをあげたり、健康管理をしたりしながら、野良猫と人が共存できるよう努力していました。
チャッピーとの初めての出会い

森と畑のそばで、ひっそりと生きる猫
チャッピーと私たちが初めて出会ったのは、地域猫のお世話に関わるようになって間もなくのことでした。
彼女はいつもとあるお店の入り口や畑のそばに、ひっそりと身を潜めるようにして佇んでいて、誰とも交わらず、静かに、そして一生懸命に生きているような猫でした。
どこか寂しさを背負ったようなまなざしを持つチャッピー。
目が合うと一瞬で茂みに消えてしまうその姿が、なぜか私たちの心に深く残ったのです。
猫と人間、両方の気持ちが交差する地域
私たちが引っ越してきたこの地域は、かつて猫の数が急激に増えてしまった経緯がありました。
畑が多い土地柄、猫たちの排泄物の被害が出たりと、農家さんにとっては大きな問題となっていたのです。
猫を嫌う方の気持ちも、私たちはよくわかります。
丹精込めて育てた畑を荒らされてしまったら、誰でも悲しいし、怒りたくもなるでしょう。
でも、同時に猫たちが好きで、ごはんをあげたり見守ったりしたいという気持ちもわかります。
猫は好きでここで生まれたわけではありません。
人が捨てていった猫たちが増えた可能性もあり、実際にここに捨てていく人も多くいたそう。
この矛盾した感情のはざまで揺れながら、地域の中で猫との共生は難しい課題として存在していたのです。
ひとりのボランティアさんが変えた空気
そんな中で、状況を少しずつ変えてくれたのが、ある一人のボランティアさんでした。
その方は自腹でTNRを行い、不幸な子たちがこれ以上増えないようにと活動してくださっていたのです。
その地道な努力のおかげで猫は増えなくなりました。
今ではかつてのような混乱はなくなり、地域の方たちも「ここに猫がいても仕方ないね」と、温かく見守ってくださる雰囲気になってきています。
孤高に生きるチャッピーへの想い

そんな中で、チャッピーは「警戒心のかたまり」のような存在でした。
2メートル以上距離を取らないとごはんを食べてくれない。
目を合わせただけで飛ぶように逃げる。
誰にも近づこうとしないその姿に、私たちは胸が締めつけられる思いでした。
近所の方のお話では、以前はもう1匹の猫と一緒に行動していたそうですが、その子はすでにいなくなってしまったとのこと。
チャッピーはさらに孤独を深め、より一層、人に心を閉ざすようになっていったのだと思います。
とはいえ、一生懸命に生きている彼女を毎日見ているうちに、私たちの気持ちにも変化が生まれてきました。
「どうにかして、この子を安心させてあげたい」
「寒さや車の通り、他人の視線におびえず、ゆっくり眠れる場所を作ってあげたい」
そう願うようになったのは、自然な流れだったのかもしれません。
「この子を守りたい」そう強く思った瞬間から、私たち夫婦の心の中で何かが動き始めました。
大変な外暮らしと保護の決断

チャッピーが暮らしていた場所
チャッピーが拠点にしていたのは、畑と森とあるお店の裏手でした。
雨の日はそのお店の屋根の下でしのぎ、車の下や軒下の隙間で寒さを耐える日々。
そして冬の冷え込みや大雨の日のぬかるみ、そして交通量の多い道路。
そんな環境の中で、チャッピーは誰にも頼らず静かに、けれど懸命に生きていました。
人間の目からは見えづらいところで、チャッピーは常に「何か」に怯えながら暮らしていたのだと思います。
そんな現状の中でも、チャッピーは誰にも迷惑をかけないように、ただひたすら身をひそめて生きていました。
人の目を避けるように行動し、他の猫のように近寄ることもなく、ごはんをもらうのにも距離を保つ。
それでも、寒さ、交通、敵意、無関心――外の世界には、チャッピーを脅かすものがあまりに多すぎたのです。
そして、保護を決断する
何度も夫婦で話し合い、地域のボランティアさんたちにも相談しました。
「このままじゃ、この子の命が短くなるだけかもしれない」
「だったら、せめて安心できる場所で暮らしてもらいたい」
そんな思いが、ようやく保護への決意へとつながり、私たちはついにチャッピーを保護するための準備に動き出しました。
保護大作戦とその後の混乱
チャッピーを保護しようと決めたものの、そこからが本当のスタートでした。
というのも、チャッピーは警戒心がとにかく強く、人との距離を頑なに保ち続けている子。
普通に抱きかかえて連れてくる、なんてことは夢のまた夢。
保護するには、慎重かつ的確な準備が必要でした。
私たちは、地域猫のお世話をしているベテランのボランティアさんたちに相談し、協力をお願いしました。
その結果、チャッピーを一時的におなかを空かせた状態にさせることで、保護器へ誘導する作戦をとることになったのです。
この作戦は非常に心が痛むものでした。
地域の人たちにも協力を呼びかけ、ごはんを与えないようお願いし、ポスターも掲示。
あの子が「ごはんは…?」と見つめてくる視線に、胸が苦しくなりました。
他のボラティアさんも「辛い…」と嘆いていました。
けれど、無事に保護するためには必要な手段だったため、私たちは覚悟を決めて、2日間の“我慢”を共有しました。
保護した瞬間
そして2日目の夜に保護を決行。
しかし1回目は、別の猫が入りそうになり慌てて撤去。
2回目の夜中のトライで、ようやくチャッピーがゆっくりと何度も出たり入ったりを繰り返し、
――カシャン!
その音が鳴った瞬間、私たちは思わず手を握り合いました。
ついにチャッピーを保護できたのです。
でも、その後に続くのは、想像を絶する出来事でした。
一晩の緊張、そして大パニック
保護器に入ったチャッピーは、終始「シャー!」「ウー!」の連続。
翌朝動物病院へ連れて行くと、病院の先生からはこう言われました。
「この子は……家で飼うのは、かなり難しいかもしれませんね」
私たちは愕然としました。
これまで外で見るチャッピーは、物静かで、他の猫とも交わらず、どこか寂しげに佇んでいる子だったのに……。
人間に対する不信感が、想像以上に深いものだったのだと突きつけられました。
保護してあげたい――その気持ちは本物だった。
でもそれが、チャッピーにとっては迷惑で辛い出来事になってしまったのではないか。
私たちは何をしてしまったのだろう。
外の生活が厳しくても、それがチャッピーにとって“自由”だったのなら――
私たちは、その唯一の居場所を奪ってしまったのではないか。
家に戻ったあとも、私たちは放心状態でした。
チャッピーは、ごはんも食べず、水も飲まず、トイレにも行かず、じっと身を固めてうずくまっているだけ。
不安と後悔に押しつぶされそうになりながら、私たちはただ祈るような思いで見守るしかありませんでした。
少しずつ、でも確実に

チャッピーを保護してから最初の2日間は、私たちにとっても、チャッピーにとってもつらい時間でした。
ごはんには一切手をつけず、水も飲まず、トイレも使わず。
ケージの隅に身を寄せ、じっと動かず、こちらの気配が近づくと「シャーッ」。
目を合わせることもできないほど、彼女の心は閉ざされていました。
私たちはただ、見守ることしかできませんでした。
「本当にこれでよかったのか……」
そんな後悔と不安が、胸の奥を何度も波のように押し寄せてきました。
声をかけても届かない。何かしてあげたくても、何もできない。
ごはんを食べてくれたチャッピー
それでも、2日目の夜――奇跡が起こりました。
チャッピーが、置いてあったちゅーるとカリカリを食べてくれたのです!
翌朝、私たちが次に願ったのは、彼女が「おしっこをしてくれること」。
そしてその朝、ケージの中のトイレには、しっかりと小さな跡が残っていました。
どれだけ嬉しかったか、今でもその時のことを鮮明に覚えています。
チャッピーの変化
そこからのチャッピーの変化は、まさに“少しずつ、でも確実に”という言葉そのものでした。
自分のタイミングでケージを出て部屋の中を歩き、最終的には、1階の天窓に設置したハンモックに落ち着くようになりました。
そのハンモックは、チャッピーの「お城」のような場所。
ごはんとトイレのときだけ降りてきて、あとはそこで丸くなって過ごしていました。
他の猫が登ろうとすると「シャーッ」と追い返します。
「ここは自分の場所」という安心感がにじんでいるようにも見えました。
チャッピーの現在の暮らし

先述しましたが、保護してからしばらくの間、チャッピーが過ごしていたのは、1階のリビングの片隅に設置したハンモック。
ごはんとトイレの時だけ降りてきて、あとはそのハンモックにぴたりと張りつくようにして動かないのです。
私たちは「きっとこの子は、ずっとここから出てこないかもしれない」と思い、チャッピーが少しでも快適に過ごせるよう、できる限りの環境を整えました。
夏にはスポットクーラー、冬には小さな暖房器具を用意し、チャッピーだけのための“完璧な専用スペース”をつくったのです。
誰も近づけない、チャッピーだけの安全地帯でした。
ところが――。
そんな静かな日常が変わったのは、保護からおよそ半年が過ぎた頃。
ある日ふと、階段を登ってくる音がしたので見てみると、そこにはなんとチャッピーの姿があったのです。
私たちは思わず目を疑いました。
「チャッピーが……2階に来てる!?」
あれほど慎重で、自分のテリトリーから一歩も出なかった子が、自ら階段をのぼって新しい場所を探検している。
その姿に、驚きと喜びがいっぺんに押し寄せました。

それ以来、チャッピーは少しずつ2階(リビングがある)での時間を増やし、いつの間にかすっかり“2階暮らし”に。
今では1階のハンモックにはまったく戻ることなく、2階のかごの中や、窓辺で外を見ながらくつろぐようになりました。
以前の“お城”はもう空き家で、こつぶが昼間の一人暮らしをするための場所になっています笑。
人は嫌いだけど猫は好きなチャッピー

人に触られることはいまだに大嫌いで、近づきすぎると「シャー!」をされます。
でも、猫にはとってもフレンドリー。
とくにぽんのことが大好きで、すれ違いざまにスリスリと体を寄せていく様子をよく見かけます。
おそらく、今までずっと1匹で生きてきたチャッピーにとって、猫のぬくもりは心を許せる唯一のものなのかもしれません。
ふーちゃんやチャイ、こつぶとも、一定の距離感を保ちながら、無理せずうまく共存しています。
「人は嫌い、でも猫は好き」
それがチャッピーのスタイルなのだと思います。

今では、チャッピーがリラックスしている姿を見るたびに、「この子、本当に家猫になったんだなあ」としみじみ感じます。
触れることはできませんが、あの外の世界で頑張って生きていた日々を思うと、今こうして“安心できる居場所”で穏やかに過ごしているだけで、何よりの幸せだと感じます。
まとめ|一生触れなくても、心でつながっている(はず笑)
チャッピーと出会ってから、私たちの暮らしは静かに、でも確実に変わりました。
最初は目を合わせることも、声をかけることも、すべてが拒絶されていたあの頃。
「本当にこの子のためになっているのか?」と悩み、後悔した日もありました。
けれど、少しずつ、確実に、チャッピーは自分のペースで心を開いてくれました。
ごはんを食べてくれた日、トイレを使ってくれた日、階段をのぼってくれた日――
そのすべてが、私たちにとってはかけがえのない「奇跡」の連続でした。
いまだに触ることはできません。
名前を呼んでも完全に無視で、近づくだけで警戒されていて、悲しくなることもあります。
でも、窓辺で安心してお昼寝している姿、仲間の猫たちとそっとすれ違う姿。
そんな「普通の幸せ」が今、チャッピーのまわりに確かにあるのです。
すべての猫が人間になつくわけではないし、人間の都合だけで“幸せ”を決めてはいけないことは理解しています。
だからこそ、チャッピーのように「ただそばにいてくれるだけ」で心が温かくなるような関係も、確かな絆の形だと思うのです。
保護猫との暮らしは、簡単でも派手でもありません。
けれど、その分だけ、静かで深く、心に残る日々を重ねていけます。
チャッピーがこれからも、自分のペースで、少しずつ心地よく暮らしてくれますように。
触れられなくても、きっとずっと、私たちは家族です。

